文:野呂 昶
制作:立命館大学DAISY研究会
イリーサという 大金もちの 男が いました。
ごてんのような 大きないえに すみ、
くらには、金や ぎんや ほうせきが、びっしり 入っていました。

でも、イリーサは、まずしいみなりを して、からだも がりがりに、やせていました。
ひどいけちで、人に あたえる どころか、じぶんで つかうことも、おしくて ならないのです。
たべものも、そまつなものを、すこしだけ たべ、
いふくも、ふるびて よれよれに なったものを、まとって いました。
お金が たまることが、なによりの たのしみでした。
だから、イリーサは、つまや 子どもからも、町の 人たちからも、みんなに きらわれていました。
ある日の こと、イリーサが そとから いえに かえってくると、いえの 中が ざわざわして います。
ふくろを かついだ 町の 人たちが、出たり 入ったりして います。
なにごとが おこったのかと、中に 入ってみると、くらというくらは、あけはなたれて、
いのちより 大せつな、金や ぎんや ほうせきなどを、人びとが てんでに ふくろに入れ、もちかえろうと しています。
イリーサは、かっとなって、どなりました。
「こらっ、おまえたちは、なにを している。わしの 大せつな たからものを!」
「この どろぼうめ。かえせ、かえせ。」
そして、はしりよって、ふくろを うばいかえしに かかりました。
すると、そのとき、にわの ほうで こえがしました。
「みんな かまわん。すきなだけ もっていけ。
わしは いままで、けちけちと、お金や たからものを ためてきたが、もう、あきた。
もっていけ! もっていけ!」
「なんだと、いったい おまえは、だれだ?」
イリーサが、どなりました。

「わしか、わしは、この いえの しゅ人の イリーサだ。」
それは、イリーサと かおも すがたも、すっかり おなじの 男でした。
「なにを、にせものめ!わしが この いえの しゅ人の イリーサだ。
だれの ゆるしを えて、こんなことを しているのだ。」
「なに、わしが にせものだって、おまえこそ にせものだ。」
男は、にこにこ わらって いいました。
人びとは、ぽかんとして、見くらべました。
二人は、どこから どこまで、すっかり おなじで どちらが どちらか、見わけが つきません。
すると、にこにこ わらっていた 男が いいました。
「そいつは、にせものだ。さっさと そとへ、ほうり出せ。」
すると、人びとは、ほんものの イリーサに、つかみかかり、ひきずって、もんの そとへ ほうり出して しまいました。
「ああ、なんという ことだ。本ものの わしが、にせものに おい出されるとは。」
イリーサは、がっくりとして、じめんに たおれ、そのまま 気を うしなって しまいました。
イリーサが、ふと 気づくと、それは ベッドの 中でした。
しんぱいそうに、つまが のぞきこんで いました。
「わしは どうして、ここに いるのだ?くらの たからものは、どうなった?」
イリーサは、ききました。
「ええ、あなたが、みんなに、ほどこしてしまえと おっしゃったので、そのとおりに しました。
町の 人たちは、みんな よろこんでいます。」
「ああ、やっぱり。わしは、もう おしまいだ。
ところで、わしと そっくり おなじ 男は どうした?」
「そんな 男は、わたしは しりません。」
「その男が、ほどこしを したのだぞ。」
「いいえ、あなたです。いいことを なさいましたね。
あなたの 中にも、ほとけさまが いらしてくださった。」
イリーサは、なにが なんだか、わからなくなりました。
でも、(あの男は、ひょっとして、わしだった のでは)と おもいはじめていました。
出典 ジャータカ